gonosu’s blog

冴えない中年男の嘘も虚構もひっくるめてのストレス発散の場

理解の程度

よく聞く『LGBT』という言葉

LGBTへの理解を求めデモ活動も大なり小なり活発化し

カミングアウトする人もでてきた

そこで訴えるのが

「性的マイノリティへの理解を」という言葉

これはどの程度理解して欲しいと思っているのだろうか

自分の中では

「そういう人たちもいる」

というだけの理解になってしまう

それだけではダメなのだろうか

もしも同性から告白を受けたとして

そういう人もいるけれど自分はそのことを理由として

断ってはいけないのかという疑問が沸く

もしもダメというのなら彼らが訴えていることは

単なる押し付けになるのだろうと思っている

きっとそうではないと思ってはいるが

もしもそのことで

差別だとするのならば恐ろしいと思っている

色恋感情には好みがあるはずなのに

「お前に選ぶ権利はない」としている気がして

そちらの考えのない、好きでもない人でも

それを理由にしてはいけないと言っているようで

同じLGBT同士であるのならそういう人たちもいると

それはそれでいいとは思うのだが

そうではない人に対して

いわば強制的にLGBT側に引き込もうとするのは

違うのではないかと思っている

法的なモノを認めて欲しいと言っているのだろうとは思うけど

たまにそうではなく

「それを理由に好意に対して断ってはいけない」

そんな風に聞こえるときがあるので理解の程度が

推し量れない時がある